コンビニで起きた出来事から、ホスピタリティについて考えてみた

先日コンビニでの出来事です。私が商品を持ってレジに向かおうとしたまさにその時、レジ横のコーヒーマシンでコーヒーを淹れていたご高齢の男性が、カップを落としてコーヒーをこぼしてしまわれました。「わっ落としちゃった」と慌ててカップを拾い上げる男性。

直前まで一緒にいたはずのお友達は、カップが落ちる一瞬前にその場を離れ、異変に気づいても良さそうなタイミングであったにもかかわらず気づかず立ち去ってしまったので、男性は失敗を一人で受け止めるしかなくなってしまいました。

男性は「しょうがないか」とカップに残った一口を口に含んで、カップを捨て、改めてドリンクコーナーへ向かい、ペットボトルのお水を購入されて行ったのです。という一部始終を3歩の距離から見ていた私も「あっ」と思っただけで何もできなかったのですが、その男性が感じたであろう居心地の悪さを思うとモヤモヤしています。

きっと慣れないコンビニでのコーヒーの購入、もしかしたら初めてだったのかも知れません。いたたまれなかったのでしょう、店員さんにも声をかけられずいそいそとペットボトルを買い直すときの不甲斐ない思いを想像すると、どうにかしてあげられなかったかという思いに駆られます。

というのも、レジには店員さんが3人くらいいたのにもかかわらず異変には誰も気づかず、というか、気づいていながら面倒を避けようとして気づかないふりをしたのではないかという空気を感じ、私もよっぽど声をかけようと思ったのですが、そこまで出しゃばっていいものかと躊躇ってしまいました。私が店員だったら代わりのカップを差し出すのに…でもコンビニにそこまでのホスピタリティを求めちゃいけないのかも知れないと。

以前こんなことがありました。某シアトル系コーヒーショップで席に座ってのんびりしていたところ、隣の席に入ってきたお客さんにドリンクを倒されてしまいました。その時のショップの対応は、騒ぎを聞きつけた店員さんが席まで来て、代わりのドリンクを用意してくれるというものでした。

私のドリンクは買ったばかりというわけでもなく、残量も半分以下だったので、その対応は私にとっては予想外のもので、期待以上のサービスをしてもらったという印象が強く残りました。そのショップでは、マニュアルに従うのではなく店員一人ひとりが自分で考え、自分がベストと思う接客をするように教育していると聞いたことがあります。

ビジネス的な観点から見ても、ドリンク一杯のコストより、ひとりの利用者に期待を超える満足を与え、また来てもらう方が企業にとっての利益になるということだと思います。この利用者一人ひとりの心を拾い上げる対応を、コンビニに求めるのは要求が高すぎなのかな、でもそうであればみんなが気持ちよく過ごせるのにな、そういう社会になったらいいのに、と思う出来事でした。